ハイヴァン峠


ダナンと世界遺産のあるフエとの間にある峠で、道路下は南シナ海が望めた。標高差が500mもあり、交通の難所となって物資の移動を妨げていたが
昨年ごろ、日本のODA援助で、最大の難所にトンネルが開通して便利になったそうです。

眼下の海の景色はすばらしかった。
峠には休憩所と物売りがあり、観光客へのこの売りが強引なのに辟易しました。

峠の店
峠.gif

川沿いのレストラン


ダナン市内見学に行く前にハン川に架かる大きな橋と川が見えるしゃれた店で一休してから、ピンク色のダナン大聖堂を見学。

聖堂の真正面にあるレストランで、ダナン特有の ホウ(汁なし)を食べた。
ダナンは絹織物も有名で観光客専門の大きな店に入ったが、なにも買わずにお茶だけ飲んで出てしまった。

市場の雰囲気はサイゴン・ハノイ同様であまり変わりは無かった。
ダナン大聖堂
教会.gif
ハン川沿いの店
ダナン昼食.gif
ダナン ホウの店
ダナン料理.jpg
感じの良いウエイトレス
ウェイトレス.gif

五行山


ダナン郊外には大理石で出来た五つの岩山で出来た五行山が観光ルートになってので行って見た。
上り口には大理石の仏像を始めとした彫刻類を販売する店が立ち並んでいた。階段状になってる道を暫く上ると五行山寺に着く。
道教の寺らしく、入り口から入ると寺のまん前に ほてい様 が デント置かれていた。屋根の上は竜の大きな飾り物があった。
この先には岩山の中に洞窟があり、いろいろな神様や彫刻が飾られていた。

頂上からはダナン市内が一望することが出来、如何にダナンが発展中との
工事現場が至る所に見れた。

五行山寺
ダナン石寺.gif
石窟内の像
石窟内の像.gif
頂上あたりからの眺望
石寺から遠望.gif

チャンパ


市内にチャンパ時代の遺物を展示する博物館があったので見学へ行く。
主に石造が多く展示されていた。

石造
チャンパ博物館.gif

博物館入り口
博物館入り口.gif



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ベトナムニュースより
ダナン:チャンパ博物館で新たに発掘された出土品を公開
2005/02/02 16:53 JST更新

 ダナン市のチャンパ文化芸術博物館ではテト正月を迎えるにあたり、新たに発掘されたチャンパ出土品を公開する。

 これらの出土品はAnMy塔、MyHung塔などのチャンパ遺跡から出土したもので、Linga・Yoni石碑、神像、装飾用の頭像、チャンパ建築などが公開される。

海岸・ダナンビーチホテル


世界遺産ミーソンとホイアンを見学するに、まず飛行機でダナンへ行った。
我々のイメージとしてはベトナム戦争当時のアメリカ軍の最大の基地ですが
さすがにベトナム第3の都市ではあるが、サイゴン・ハノイに比べると静かな
町並みでしたが、郊外はあらゆる物が建設中の賑わいでした。

ビーチ内にあるリゾートホテルへまずチェックイン。
海は我々の貸切状態でした。

ホテル
ダナンホテル.gif
ビーチ
ダナン海岸.gif

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ウィキペディアより ダナン
ダナン(Đà Nng、チュノム:沱)はベトナム中部の中央直轄市。ベトナムの主要な港湾都市である。行政的には7区に分かれる。仏領インドシナ時代にはトゥーラン(Tourane)と呼ばれ、中国語では港と呼ばれる。

歴史
16世紀には広南政権の首府フエの外港はホイアンであり、ダナンは小漁村に過ぎなかった。 しかし、18世紀になると河口にあるホイアン港が砂の堆積によって次第に使用できなくなったため、ダナンが港として成長し始めた。

1835年、阮朝のミンマン帝はすべての欧州船にダナンに入港するよう勅令を発したため、ダナンがベトナム中部最大の港となった。

1889年、フランスのインドシナ総督府はダナンをクアンナム省から切り離し、トゥーランと命名して、総督直轄地とした。

20世紀始めのトゥーランはインフラストラクチャーが整備されて、食品加工業や造船業が発達し、ハイフォンやサイゴンと並んでベトナムの主要貿易港となった。

1965年3月、アメリカ海兵隊が上陸して、大規模な空軍基地を建設し、1967年には中央直轄市となった。

1968年の旧正月に南ベトナム解放民族戦線がダナン駐留米軍に大攻勢をかけたテト攻勢はベトナム戦争の激戦のひとつである。ダナンには空港、港湾、倉庫、銀行、工場などが次々に建設され、大規模な産業都市に発展する。ベトナム戦争後、ダナンはクアンナム省と合併して「クアンナム=ダナン省」となったが、1996年7月6日には再びクアンナム省から分離して中央直轄市となり、現在に至る。